2010年11月03日

連作50首『宿り木』(角川短歌賞予選通過作品)

角川短歌賞(2010)にて予選通過させていただいた作品です。

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『宿り木』  田中ましろ

 振り向けばまだ香りたつ日々のなか小さな部屋で栞を失くす

 笑いつつ手を振る時間もないままにしずかに逝った線香花火

 病室で生きている花と枯れてゆく花を分けつつ聞く蝉の声

 幸せなうたの溢れるラジオから輝きすぎる夏が芽生える

 からっぽのわたしはエスカレーターで知らない街へ運ばれてゆく

 宿り木のひとつひとつに足跡を残して鳥は旅立つのだろう

 物干しにかかった服のすき間から空しさという空は広がる

   *

 支柱より伸びてしまった朝顔の蔓はひかりを求めて宙へ

 失った重み ソファはゆるやかに元のかたちへ戻ろうとする

 欠けたままのコーヒーカップに息づいた記憶たどれば新緑のころ

 瞬きのたび眼裏で笑うひと パステルカラーのセーター揺れる

 似顔絵を色えんぴつで描く まだ知らないことはたくさんあった

 まだここにいたいのですか 押入れの奥にピアスをひとつ見つける

 手帳にて守れなかった約束はふわり滲んで風化してゆく

 世界地図に打たれた赤いピンを抜く 指先で消す未来のかたち

 ひとりぶんの食器を洗いそのあとに雫がひとつ落ちるのを待つ

 ベランダでふたりの蒔いたひまわりは喪章のごとく俯いている

 夏空を積乱雲が隠しゆく早さ こころよあの青になれ

 天井に残ったしみはえいえんの傷 白亜紀の化石にも似た

 微笑めば微笑み返す人がいて鏡のまえにできた陽だまり

 忘れることは逃げることじゃない 西向きの窓に遺った指紋は笑う

 おしゃべりなふたつの声をうしなった部屋 風鈴の音つきぬける

 空白をひとつ潰せば空白はドミノのごとくまた降りてくる

 冷蔵庫が鈍く奏でる製氷の音に鼓動は掻き混ぜられる

 思い出がマリンスノーのごとく降る部屋 ぺたんこの布団で眠る

 無造作に転がりおちる溜め息を寝息に変えるための錠剤

 子供らの手には空蝉 いなくなる理由はどんなときもただしい

 錆び付いたメトロノームの日々にいる 働く眠る起きる止まる

 一本の線でつながる青とあお 二度と追いつけない夢を見る

 街路樹の緑の深さ 躊躇してつなぎそびれた手がよみがえる

 空をうつし空に焦がれた水たまりでした 空へと還ったひとは

 夕立に濡れて走ればおかえりとやさしい声は舞いもどりくる

 はつなつの光のなかで揺れていた氷 しあわせとはなんですか

 呼吸するすべてのものを捨て去ればふたりに宛てた歳暮が届く

 切った手を差しだし泣いていたひととわたしに絆創膏をください

 終電でシーラカンスの夢を見る 世界でわたしひとり深海

 水槽の金魚は天をあおぐ いま生きてゆくには足りない酸素

 これまでのせかいは優しすぎたのだ カーテン越しの朝日を浴びる

   *

 乗り遅れそうな電車へ走るとき落としてしまう記憶のかけら

 無情なる横断歩道の点滅は過去とわたしを引き離しゆく

 もう何も探さなくていい たんたんと月は満ち欠け過去をうすめる

 ゆるやかに消えゆくものもある 黒いせっけんがふたつに折れる夜
 
 リビングの椅子に蜉蝣 ふたりとも忘れてしまった約束もある

 コーヒーに溶けるミルクを眺めつつ思い出せない記念日ひとつ

 難解なジグソーパズルを解くように歩いた道は霞みはじめる

 食塩は湿気を帯びる 飛び出せば自由が待っているはずの朝

 八畳の焼け野原からまたいつか芽が出て恋は咲くのでしょうね

 ありがとうと付け加えつつ見送れば遥かなる夏の稜線かがやく

 後悔はしない パキラが凛として夏の終わりを告げたとしても

 うすまってゆく夏のドアを開いたら風吹き抜ける草原に出る


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最後まで読んでいただきありがとうございました。
読んでいただければお分かりかと思いますが、
大切な人を失くした夏の喪失感から抜けだすまでを描いた作品です。
部屋中のものが、街中のものが「宿り木」となって
失くした人との思い出をよみがえらせてしまう。
悩みながらも最後は前を向けると予感させるところで終わらせました。

初めての賞応募にしては上出来すぎる結果。
驕ることなく頑張りますので今後ともよろしくお願いします〜。


posted by 田中ましろ at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常詠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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